どうやら、休止されているようです。
ただし、他で元気にしておられる様子がうかがえました。
機会を見て、また、コンタクトを取れれば、うれしいのですが。
いろいろ感じるし、教えられるサイト。
http://nervous.pinky.ne.jp/index.html
現在、休止中のようです。復活を期待しましょう。--mita@2002/12/09
復活してますね。
コラムでお願いしたテーマを、少し自分でも考えてみる。
「優柔不断」
優柔不断の人って、欲張りなんだと思います。あれもこれも、みんな手に入れたいと思うから、どれかに決められない。私はずっとそうだし、これからも優柔不断な性格って人に言われてしまうでしょう。
でも、二十歳前だったら、それでもいいんとちゃうでしょうか。だんだん年をとって、四十路ぐらいになると、欲張ってばっかりもいられなくなるから。どうしても決めなくちゃならないときは、覚悟を決めればええでしょ。それまでは自分が納得すればいいこと。そう思います。
優柔不断で許されないのは、自分以外の人間が困ってしまう時。自分が勝手に優柔不断で自分が勝手に困るのはええけど、周りの人に迷惑を掛けるのは良くない。でも、若いころはたいていの決断は自分に関わることで、親が何言おうが結局自分が決めなきゃいけないことがほとんどでしょう。でも、私はそれがあんまりわかってなくて、わがままもいい加減にせなあかんなと思って、親を気遣ったつもりで、途中で簡単に決めてしまったこともあるような気がする。今思えば、もっととことん悩んでもええことも。
決断が早いことは、いいこともいっぱいあるけど、でも、自分の人生なんだから、優柔不断でも、最後には、とことん全部、やりたいこと全て手に入れつつ、楽しい人生を送るのも良いのではないでしょうか。
「覚悟」
覚悟を決めるってことは、すなわち、命をかけるってこと。
生半可な決心じゃないってこと。
人生には、何回か、こんなターニングポイントがある。
こういう時に、あまり時間をかけないで、さっさと決めることにしている。覚悟した後は、強く、というか、タフに生きられるから。
「神さま」
この世に神さまなんていないと思う。
いると思っていた方が、人間に都合が良いので、存在していると言うことになっている。
だって、キリスト教やイスラム教の神さまは人間じゃないのだから。(絶対神てやつは)
でも、ギリシャ神話では、人間っぽい神さまがいっぱい出て来たような。
日本では、すべてのものに神さまがある。いわゆる、シャーマン信仰の流れ?
むしろ、生きとし生ける物は仏に通じる、仏教の方が性に合う。
これ位かなぁ。神さまについて書けることって。何ともまぁ、強くない信仰心だこと。
極悪です。僕も神さまなんていないだろうし、もしいたとしても人間の見方とは
限らない(人間の浅知恵で理解できるようなもんじゃないだろ)と思ってます。
でもやっぱ信仰心がある人はうらやましい。ない人と比べたらずっと幸せな人生
がおくれる気がします。
http://homepage1.nifty.com/dune/_83g_81_5B_83_7D_82_CC_90S_91_9F.html?
極悪@2002/05/05
「想い」
「思い」ではなくて、「想い」としてみました。本当は「想ひ」がベスト。
人間は、上手くいっている時は何でも余裕をもってやっていける。でも、にんげんだもの(あいそはるひ、だっけ?→修正:あいだみつを風)人生山あり谷あり。色んな場面で、色々悩むこともある。どうしようもなく落ち込む時だってあるし、今まで出会ったこともないような嚴しい状況だって色々あると思う。
そんなとき、結局、「想い」を強く持っている人間の方が、乗り越えて行けるし、(いい意味で)他人より先に進めるのではないだろうか。
「想い」は別にすべてが前向きでなくてもいい。人を憎むことだって、時には必要な時もあると思う。でも、自分に対してだけは、憎んだり、蔑んだりしたくない。
「想い」が強いってことは、自分を信じきれることが必要条件じゃないかって思う。何故なら、「想い」を持ちつづけるのは、自分だから。自分が感じることがすべてだと思う。
そういう意味で、私の中での「想い」は、「夢」を追いつづけることができる力、といえるかもしれない。だから、強いことと、続くことが重要。後者がより重要。
「想い」は自分一人で持つことが先ず、基本だと思うが、例えば、女房なんかと共有できることもある。例えば、子供に対する幸せになって欲しい。って、これは「願い」か。でも、日々の暮らしの中で、この「想い」をもてたら、幼児虐待なんて起きるはずがない。子供に対して無関心だったり、関心を持ち過ぎて、子供が自分の一部なんて考えてたら、こんな「想い」は続かない。
子供は、子供。自分の人生は自分で生きてゆくしかない。親がしてやって行けることなんて。見守ってやるだけ。でも、ずっと見守ってあげたら、きっと幸せになれる。
この場合、親は自分がよくなることを考えると、上手くいかない。例えば、こどもに親の立場を分かって欲しいなんて。
でも、人それぞれが、自分と同じように、みんないろいろな「想い」を持っているって分かったら、親のことだって、理解できなくても、想っているってことは、感じてくれるんじゃないかな。
で、例えば、夫婦で、子供の教育方針なんかでいろいろな考え方の違いがあっても、きっちり喧嘩して、言うことは言って、互いの「想い」を感じ取って、子供の事を考えたら、幸せにつながって行くんじゃないかな。
人間がもつ「想い」は時として、とんでもない常識以上のちからを生み出すことだってある。でも、難しいことじゃない。自分に素直になって、自分が一番大切だと感じていることを日々見つめること。それだけ。
で、どんな「想い」を持っているかって?
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